鳥取地区から駅高架問題を考える
晴れ。秋風爽やか。
コスモスが道路の脇で秋風にたなびきながら咲いている。
秋桜・・・うす青やうすピンクの色がさびしげで
茎の細さが、けなげな乙女の雰囲気。
春の桜の華やかさとは全く違う
同じ「桜」という名前がついても
「秋」の一文字で逆なイメージがあって、よけいにうら寂しい。
な〜〜んて似合いもしない詩的表現はやめましょう。
・・・・駅裏は鳥取県の人たちの移住地だ。
石碑もあった。
現に鳥取地区、鳥取神社など今でも色濃く鳥取色が残る。
鳥取神社には移住した頃の資料館もある。
こんなホームページもあった。
http://www.interq.or.jp/leo/d-one/kusiro-tottori.html
炭鉱資料館には行く人がいても、ここに行く人は聞いた事がない。
今度いってみよう。
駅裏と駅の北大通り側、この二つはJRの線路で完全に二分されている。
まるで国境みたいだ。
釧路駅を帯広駅のように高架にして
駅裏と北大通り側を一つにしよう、という構想は
市長選挙や、市議会選挙のたびに出てくる懸案だが
景気のよかった頃なら経済効果も期待できるにしても
この不景気で
北大通も駅裏もシャッター街になっている現状を
高架にして改善できるとは、誰も思っていない。
高架工事を請け負うゼネコンだけが喜ぶ。
しかしその後のことは誰も知らない。
・・・・と、話しがうまくまとまったところで
今日の「くしろシネマパラダイス」
第三回上映作品は
2005年3月20日(生涯学習センター 大ホール)
「」
育児放棄・・・残された子どもたちの父親はみな違う
しかし、それでも生きていかなければならない。
きっかけは違うけど
現代版「蛍の墓」
周りが一応みな裕福で満たされているだけに
戦後の貧乏な混乱期よりも、より悲惨さが伝わる。
主題歌を歌う「タテタカコ」
国立音楽大学在学中に教育実習生として訪れた母校・飯田女子高等学校で、生徒達に請われて録音していた十数曲の弾き語りがきっかけとなり、2001年頃から地元・飯田市のライブハウス「キャンヴァス」を中心にライブ活動を始める。
とウィキペディアで紹介されていた。
学校の先生になるつもりで実習にいったのだろうか
どこで人生の転機が訪れるかわからない
「誰も知らない」